第21回 日仏翻訳文学賞 受賞者
21e Prix Konishi de la Traduction littéraire
平岡敦
受賞作品
『オペラ座の怪人』
ガストン・ルルー 光文社古典新訳文庫 2013年
訳者である平岡敦氏は四半世紀にわたり七十冊あまりの訳書を世に送り出してきた実績を持っています。
この翻訳は、古き良き時代に書かれた原著の文章の味わいを残しつつ、よどみなく進んでいく訳文の読みやすさにおいて際立っており、随所に「職人」的なわざが発揮されています。オペラ座という舞台の空間把握やテクニカルタームの日本語への移し替えも行き届いており、安心して物語に身を委ねるうち、ルルーという作家の面白さを再発見させてくれるような出来栄えとなっています。渾身の訳業でありながら、読者にまったく負荷をかけないプロフェッショナルの仕事として見事であるという点で、選考委員の意見の一致を見ました。
以上の理由から、長年の経験によって蓄えられた技量を存分に発揮した素晴らしい訳業として、平岡敦訳、ガストン・ルルー著『オペラ座の怪人』に第21回日仏翻訳文学賞を授賞することに決定致しました。
ジャクリーヌ・ピジョー
受賞作品
Récits de l’éveil du cœur
KAMO no CHÔMEI, Le Bruit du temps, 2014
日本語の深い理解力と、フランス語での豊かな表現力。ジャクリーヌ・ピジョー氏は、日仏翻訳で欠かすことのできないこの2つの要素を兼ね備えており、その連動の傑作として生み出された作品がRécits de l’éveil du cœur(『発心集』)Kamo no Chômei, Le Bruit du temps, 2014ということができるでしょう。
本作品では、ピジョー氏の豊富な学術的知識、仏教研究に対する造詣、古典日本語の理解、それらすべてがいかんなく発揮されています。この翻訳の突出した点は、深い知識をもって『発心集』を正確に理解したこと、そしてそれを、研ぎ澄まされた感覚を駆使して、また隅々にまで細やかに配慮を持って、完璧なフランス語で翻訳したことにあります。ピジョー氏の表現力のおかげで、本作品は、単に古典としての学問的なテキストにとどまることなく、ダイナミズムを兼ね備えた作品となりました。また、原作ではユーモラスな調子や感情を揺さぶる間合いが魅力の1つでもありますが、翻訳の中でも原作さながらに再現され、収録されている個々の説話が生き生きと輝いています。
以上、本作品が卓越した翻訳であることは疑う余地もなく、したがってフランス側選考委員会は、ジャクリーヌ・ピジョー氏が翻訳したKamo no Chômei , Récits de l’éveil du cœur, Le Bruit du temps, 2014に第21回日仏翻訳文学賞を授賞することを決定致しました。