野崎歓氏翻訳はわが人生を養う糧である。子ども向けの世界文学全集に読みふけった小学生のころから、現在に至るまで、翻訳をとおして世界の文学の豊かさを知ることは、私にとってつねに驚きと喜びの源泉であり続けてきた。とりわけ高校時代、フランス文学の面白さに魅了され、同時に「仏文学者」と呼ばれる人々に憧れを抱いた。将来は自分もフランス文学の翻訳や研究を仕事にしたいものだと願ったのである。そしてフランス留学後、1989年に、現代作家ジャン=フィリップ・トゥーサンの『浴室』を刊行して以来、昨年出した19世紀の作家ジェラール・ド・ネルヴァルの『火の娘たち』まで、30年以上にわたって翻訳や研究を続けているのだから、高校生の夢はかなったというべきだろうか。しかし自分でも不思議なのは、いちおうキャリアは積んできたにもかかわらず、翻訳はいっこうに楽にも容易にもならず、テクニックやノウハウを身につけたという実感もあまりないことである。次の一冊と向かいあうとき、常に未知の、向こう見ずな冒険に乗り出すような気分を味わう。訳者となる資格が自分にあるのかどうか自問し、悩むこともしばしばである。だがその懊悩も含めて、翻訳は私にとって新鮮な体験であり続けている。だからこそまた次の一冊に挑みたくなる。そんな自分は、根本的におっちょこちょいであり、楽天家であるのかもしれない。 20年間にわたり、小西国際交流財団日仏翻訳文学賞の選考に準備委員として、さらには選考委員として関わらせていただいたことは、いつになってもアマチュア気質の抜けない人間にとって大きな幸運であった。毎年の厳密な選考作業に加わることで、翻訳という営為について真剣に、妥協なく考える機会が得られたのである。このたび、栄えある賞をいただくことになり、ひたすら恐縮するとともに、自分は新たなスタート地点に立ったのだと感じている。受賞を大きな励みとして、次の一行に取り組みたいと思う。 |
Mots pour le Prix Spécial
La traduction a nourri mon existence. Depuis l’enfance – l’écolier que j’étais dévorait sa collection de littérature mondiale pour la jeunesse – jusqu’à aujourd’hui, accéder à la richesse de la littérature mondiale par le biais de la traduction m’a offert une source inépuisable de surprises et de joies. C’est au lycée surtout que j’ai succombé à l’attrait de la littérature française, en même temps que m’éblouissaient ceux qu’on appelait les « spécialistes de littérature française ». J’ai eu envie de me consacrer, comme eux, à la traduction et à la recherche dans ce domaine. Depuis la publication en 1989, après un séjour d’études en France, de ma traduction de La salle de bain de Jean-Philippe Toussaint jusqu’à celle, l’année dernière, des Filles du feu de Gérard de Nerval, voilà plus de trente ans que la traduction et la recherche m’occupent ; je crois pouvoir dire que j’ai réalisé mon rêve de lycéen. |